YASUHIDE.COM

小泉泰英によるフィロソフィー

【前半】この世に「完璧」はないのか?それとも「完璧」を人間は認識できないのか?

おはようございます。

昨晩、更新しようと思ったのに寝てしまった。

 

今日は短いですが、かなり哲学的なことを久しぶりに語ります。

 

そしてこのような難しそうな哲学をわかりやすく述べ、

シリーズ化できる日を目指して今日はとりあえず想いを綴ってみます。

 

私はこの世の中に完璧、完全体というものはないと思っています。

だからこそ社会は成長するし、人は常に先を見つめる。

完璧やゴール(自分にとっての完全体)を決めてしまうのは人間の幻想ではないかと。

 

しかしそれは本当に「完璧」が存在しないのか。

それとも存在しているのだけど、それを人間が認識できないのか。

そんな自己の疑問に自分自身で考えてみました。

【この世に完璧はない】

この世の中にか完璧というものはないのかもしれない。

なぜそんなことを思ったのか。

 

昔は地球が中心でその周りを他の惑星が回っている(=天動説)と

思っていたのに対して、その後太陽の周りを地球が回っている(=地動説)のが

わかり、当時の常識は覆された。

 

 この天動説の世界観はキリスト教からきている。

 

詳しいことはわからないけれど、

天動説の教えを解いたのがイエス・キリストだと考えよう。

 

このキリストが絶対的な存在であり、

完璧な存在だとしたら、教えを初めていただいた時から地動説を説いていたろう。

 

しかしながら、キリスト教は天動説を教え広めた。

 

キリスト教において、そのほうが都合が良かったからわざとそうしたと

考えることもできようが、

私はそれは神の教えを背いたことになるのでそんなことはしないだろう。

 

ではなぜキリストは天動説を広めたのか。

それはキリストが人間であったからであると私は考えている。

もし彼が本当に神だったのであれば、初めから地動説を唱えていただろう。

 

私はキリストを悪く言いたいのではない。

 

人間というものはどこまで行っても完璧にはなれず、

必ず過ちを犯す存在なのだと言いたい。

 

だからこそ大切なのは、自分たちは完璧ではないと認識し、

過ちを犯した時は、そのあとどうするかを考え、目に向かって行動すればいい。